龍神村は梅取りの真っ盛りです。
雨の中、カッパを着込んでの作業は結構大変なものがあります。
村の95%が山の龍神村では、大部分の梅が山の斜面に植えられているため、都会育ちの軟弱もんにとっては、ロッククライミングを楽しんでいる様でもあります。
梅取り部隊は、10人前後で構成されています。 私ともう一人の方以外は龍神村に住んでいる人たちで、特に、おばやん(おばさんのこと)はビックリするくらい元気です。
おばやんは、皆60歳以上ですが、口も八丁手も八丁の凄い人たちです。
龍神村は、隣接する中辺路町(なかへちちょう)と並んで、都会から移り住んでくる、いわゆるIターンの人が多くいらっしゃいます。
外国人タレントの先駆けだった、イーデスハンソン女史も、中辺路町に住むようになってから十年以上になるのではないでしょうか。
そんな梅取り部隊の中に、大阪や東京から移り住んできた人が、私も含めると、5人います。
皆それぞれ個性的な人たちです。
河村さんという女性は、十年程前に大阪から龍神村へやってきたそうです。
五十歳くらいの非常にパワフルな方ですが、100年以上も経つ家で、一人で生活をしておられます。
唐口さんは、ジャズのトランペッターで、5年ほど前に、大阪から家族4人で中辺路町へ移り住み、現在は龍神村で住んでいるそうです。
私もジャズが大好きで、同い年であることも手伝ってか、大変親近感を感じました。
前田君は、昨年12月にこちらへ大阪から引越しをしてきて、大きな家に、家賃5千円で一人暮らしをしている、ユニークな若者です。
軽トラを譲ってくれることになりました。 うれし〜ぃ。
高嶋さんは、河村さんのお友達で、東京から西吉野へ移り住んで、一人で暮らしているそうです。
我々が、梅取りでお世話になっている、龍神村の寒川(そうがわ)氏は、村では代々続いている山林を多く持っておられる名士で、このニュースレターでも紹介させていただいたように(17・18号)、夫婦共々体が弱かったこともあり、二十年以上にわたり、無農薬・有機栽培で梅干や梅肉エキスを作ってこられて、いまでは全国に多くのファンがいらっしゃいます。
そんな氏の元には、以前から都会から移り住んできた人たちが多く集まるようです。
私もその中の一員ですが、それぞれ共通するものがあるようです。
それは、皆さん、ものへのこだわりや、執着があまり無い点です。
自然の中に身をおいて、自然に任せて生きていくような部分が感じられます。
そして、村の中に溶け込んで、できることは協力をしながら楽しく自然に生きているような感じを受けました。
都会から移り住んできた人の中には、人付き合いもあまりしないで暮らしている人も多くいるようですが、自己満足だけでは面白くありません。
皆の究極の目的は、助け合いながらの自給自足です。
売れる広告プレゼンター・高橋英明